からたくブログ

大学卒業後、大阪で5年半サラリーマン(通信業)をした後にアフリカ(ナミビア)で1年間ボランティアをしました。2008年12月に日本に帰ってきたら、(希望する)就職先が無く、2009年5月から1年間、難関資格(?)と言われている「不動産鑑定士」の資格取得(2010年度合格)を目指しながら不動産についての知識を取得し、資格には残念ながら縁がなく、その後、不動産業界に携わるために2010年8月中旬から約10ヶ月間調布市の不動産屋で働きノウハウを得て、現在は、長野県伊那市にて不動産業(自営業)に携わっています。
不動産投資家になるべく、(いちおう)東京都内(八王子市)に区分所有の築18年(購入時)のワンルームの激安マンション(駅から徒歩13分)を現金で2009年5月に購入、2009年7月に競売で長野県伊那市に戸建のボロ物件を購入。現在、両物件を賃貸中。今後、拡大を視野に入れながら、家業ともども邁進していきたいと思っています。

日本に

香港の空港では、無線LANが無料で使えた。
しかも、結構、快適で利用できた。
早い。
香港の空港は、中国人でいっぱいだった。
当たり前か。
香港から日本での飛行機では、それまで食べた機内食でお腹がいっぱいで、
全然、食べれなかった。
予定より、30分早く日本に着いた。
そして、入国審査も待つ事無く終了。
荷物も、思ったより早く出てきた。
荷物を見た瞬間、嬉しかった。
盗まれなかった事に喜びを感じたのだ。
父と兄が、空港まで迎えに来てくれた。
車に乗り、実家に向かった。
高速を100キロで走っていると遅く感じる。
ナミビアでは120キロが普通だったから。
実家に戻って、「ソースカツ丼」を食べた。
うまい。でも、食べ過ぎた…。
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帰国

ナミビアから日本に帰る。
預けるスーツケースの重さは、結局分からずに空港へ。
20キロ以下であれば良いなぁと思いながら。
5時半に起きて、用意をする。
タクシーは6時半に来る予定だったが、20分くらいには来た。
用意はできていたので、出発。
空港までは、30分弱で着く。
そこで、見送ってくれた隊員と別れ。
とても、ありがたく、嬉しかった。
南ア経由だと日本に預け荷物が届かない事が多々あるみたい。
ナミビアの空港には、包装サービスがあるので、スーツケースを包装する事に。
南アで、盗まれる確率が少なくなるだろう。
そこの係員に、重さを量れるか聞いた。
彼は、何気に持ち上げて、23キロと言った。
信じていなかった。
そして、搭乗手続き、荷物を量る。22.5キロだった。
ここで、約3万円の出費が頭をよぎった。
しかし、係員のお姉さんは、重さに触れなかった。
良かった。
超過料金は取られなかった。
ナミビアから南アに向かう飛行機の中。
悪がきが隣に座った。
遊んであげたら、調子に乗ってうるさかった。
でも、体が小さかったので、ゆっくり座る事ができた。
母親は、通路を挟んだ隣に座っていた。
その母親に南アの空港で、協力隊の方か?と聞かれた。
何と、ある隊員と同じ職場の人だったのだ。
すごい偶然である。
南アの免税店で乾燥した牛肉を購入。
ナミビアドルは使えるかと言う問いに使えると言う返答。
でも、1対1ではないと言う。
損をするので、ランドを探した。
財布の奥にランドがあり、ランドを使った。
最終的に、乾燥肉は、日本に持ち込めず、日本の税関で没収されてしまったが。
約2千円が無駄になった。。。
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ナミビア最終日

ナミビアの最終日だった。
またナミビアに来ることはあるのだろうか。
午前中に町に買い物に出て、その後、事務所でリクナビネクストに登録する。
登録は、面倒くさい。
手間がかかる。
午後に、京大のアフリカ研究室でナミビアに来ている人とチャイナショップへ。
夕食の買出し。
私の泊まっている部屋で「もつ鍋」をする事に。
肉を買い、にらを買い、キャベツを買い…。
味付けは、鍋が得意な首都隊員。
私は、荷物の片付けをしながら、鍋を作ってもらう。
荷物の詰め込みは、預け荷物を20キロ以下にしようと、手荷物の方に重い荷物を詰め込む。
軽い服などをスーツケースに。
日本は寒いだろうから、簡単に取り出せるところに、長袖のシャツも。
ナミビアで食べる、もつ鍋は、とても美味しかった。
最後に、うどんも入れた。
これまた、とても美味しかった。
夜に、空港まで見送ってくれる隊員が来てくれた。
そして、話をしながら寝た。
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銀行

銀行の口座の解約に出かけた。
USドル口座と、ナミビアドル口座の両方を解約しなければならない。
日本であれば、別に解約とかしなくても放っておいても問題がないが、
ナミビアの口座は、維持手数料が取られるのだ。
そのままにしていると、マイナス…マイナス…。
事務所の調整員も解約の仕方を知らずに、何の前知識もなく町に出た。
最悪だった。
結局、要した時間は、それだけで4時間。
どのくらい歩いただろうか。
同じ場所を2往復したり。
全てが終わった時の充実感は最高だった。
こんなに手間がかかるとは…。
途中、すごい雨も降ったし。
夜は、首都隊員と共に夕食を食べました。
京大のアジアアフリカ研究所の人も一緒に。
とても興味深い話を聞くことができました。
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再び首都へ

ゴバビスで迎える朝。
とても涼しい朝だった。
たまたまらしかった。
バスタブにお湯をはって入らせてもらった。
とても気持ちが良かった。
朝食は、前日に食べ残したソーセージとパン。
冷えても美味しいソーセージだった。
昼も作ってくれた。
前日の残ったサーモンと、畑から取ったネギで炊き込みご飯。
サーモンの焼き魚と玉子焼きもついてデラックスのランチ。
とても幸せの時間を過ごす事ができた。
午後、首都行きのタクシー乗り場へ。
タクシーじゃないけど、首都へ行く車をゲット。
助席はN$70、荷台はN$50と言う価格。
タクシーならば、N$80。
助席が空いていて、ゆっくり座れそうだったので、助席を選択。
すぐに出発してくれた。
予定より早く、首都に着けた。
夜は調整員の自宅に招待されて夕食を頂いた。
今度は、はまちの刺身を食べる事が出来た。
ナミビア生活も、残り2日となりました。
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ゴバビスへ

朝、一番に夜行バスで首都に到着しました。
予定より1時間遅れくらい。
逆に、遅れたのがちょうど良くて、歩いて事務所に向かうと事務所は開いていました。
荷物の整理をしたり、インターネットをしたり…。
そして昼前に、同期の隊員が住むゴバビスに向かう。
色々とプレゼントを持って。
たいていが、日本食。
途中、魚屋で刺し身用のサーモンを購入。
氷をたくさん貰い、冷やしながら移動できるようにした。
タクシーは簡単に捕まった。
既に3名いて、ちょうど4人目だった。
車内は狭かった。
お尻が痛くなったが、ずっと我慢した。
2時間ちょっとで到着。
そして、ゴバビスを案内してもらった。
活動中の工事現場とか、眺めの良い丘とか。
私の住んでいた町も緑が多かったが、ゴバビスも緑が多かった。
町は、とても綺麗で、店は何でも揃っていた。
予想以上に充実していた。
たまたまか、突風が吹いた。
砂が舞い上がって、ビックリした。
夕食は、彼が作ってくれた。
とても料理が上手なのだ。
私の為に、カレーも作ってくれていたのだ。
お礼にデザートとして「とろける杏仁」を作った。
料理は、もう食べきれないほどの量。
すごい贅沢なメニューだった。
色々な話も聞けた。
杏仁豆腐の受けが良かったので安心した。
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さらばグルートフォンテイン

10ヶ月住んだ町を経つ日。
ついに別れの時が来ました。
たまたま、予定より早くなっただけで、この様な日は必ず来るのです。
朝早く、良くしてくれた教会の牧師さんがN$200のマットレスを2枚取りに来ました。
せめて寄付になればと、申し出ました。
ついでに、布団と枕も。
些細な事なのだけど、とても喜んでくれました。
買い物に行ったら、スーパーの主人に捕まりました。
お前、もう帰るみたいだな…。
パソコン調子が悪いから、見てくれと。
見たが、アプリソフトの問題みたいでした。
それが、明らかだったので南アの業者に確認した方が良いよと伝えました。
部屋の片付けを開始。
午後に、隣町のツメブから、最後に隊員がお別れに来てくれました。
一玉のスイカと共に。
近くの少年を呼んでスイカ割をしました。
とても甘くて感激しました。
夕飯は、タクシーの時間に間に合うように簡単な物を作りました。
シーフードパスタのクリーム味。
私が腕を振るいました。
と言っても簡単ですが。美味しかった。
夕方に、帰って行き、また部屋の片付け。
意外と、すぐに片付きました。
最初から、そんなに時間がかかるとも思っていませんでしたが。
これで、あとは、夜行バスで首都にあがるのみです。
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