からたくブログ

大学卒業後、大阪で5年半サラリーマン(通信業)をした後にアフリカ(ナミビア)で1年間ボランティアをしました。2008年12月に日本に帰ってきたら、(希望する)就職先が無く、2009年5月から1年間、難関資格(?)と言われている「不動産鑑定士」の資格取得(2010年度合格)を目指しながら不動産についての知識を取得し、資格には残念ながら縁がなく、その後、不動産業界に携わるために2010年8月中旬から約10ヶ月間調布市の不動産屋で働きノウハウを得て、現在は、長野県伊那市にて不動産業(自営業)に携わっています。
不動産投資家になるべく、(いちおう)東京都内(八王子市)に区分所有の築18年(購入時)のワンルームの激安マンション(駅から徒歩13分)を現金で2009年5月に購入、2009年7月に競売で長野県伊那市に戸建のボロ物件を購入。現在、両物件を賃貸中。今後、拡大を視野に入れながら、家業ともども邁進していきたいと思っています。

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からたく

からき

長野県伊那市在住
長野県伊那市出身

不動産賃貸業、不動産投資家


移り変わり
長野県伊那市(18年)→東京都新宿区(1年)→茨城県つくば市(4年)
→兵庫県西宮市(3年)→大阪府大阪市北区(2年)→ナミビア共和国(1年)
→東京都八王子市(1年)→東京都調布市(6ヶ月)→長野県伊那市(現在)


引越
伊那市坂下(実家)→伊那市御園(実家)→新宿区北新宿(下宿)→つくば市平砂(寮)→つくば市一ノ矢(寮)
→つくば市パワーハイツ(アパート)→つくば市栗原(戸建シェア)→西宮市門戸厄神(寮)
→大阪市北区大淀北(新築賃貸マンション)→福島県二本松(訓練所)
→ナミビアGrootfontein(共同生活)→伊那市西春近(実家)→八王子市(1Rマンション)
→調布市(アパート)→伊那市御園(戸建賃貸)


2002年4月 通信会社入社
理系だったため、推薦で入社することができた。
就職担当の教授のおかげである。

2007年12月 通信会社退社
このまま、働いて何の価値があるのか分からなくなった。
ボランティアに申し込んだら、受かった。

2008年1月 ボランティアとしてアフリカへ
誰も働かない役場と言う生ぬるい空気が嫌となる。
何しにアフリカに来たのか分からなくなる。

2008年12月 日本に帰国
当初は、働くつもりで就職活動するが、企業の中途採用の仕方に疑問を感じる。
完全に、物としか見られていない。

2009年5月 勉強を始める
将来の方向性が、やっと見えてきた気がした。
自分が何をやりたいのか。

2010年6月 試験に不合格
ダメだった。

2010年8月 不動産屋にて働く
トップセールスマンになるべく、不動産屋で営業に励む。


昔なら働くのはお金を稼ぐためで、耐えなければならないと言う時代だったかも知れないが、今の時代は、そうではないのだと思う。
人生の限られた時間で、何ができるのか。
サラリーマンで一生を終えて良いのか。
何が楽しくて仕事をするのか。
やはり、楽しく仕事をしたいけど、自分の為になる仕事をしたい。
60歳になって、何も残らなかったら、ちょっと辛いと思う。



振り返ると波瀾万丈の人生だったと思う。
むしろ、そのように自分がコントロールしているのかも知れない。
楽しさを求めて。

大学受験、高校三年生の時、受験勉強せずに遊んでいた。
それにも係わらず、自分の実力も分からずに受験した。
どこも受からなかった。
もしかしたら、受かる大学もあったかも知れない。
でも、受けた大学は全部落ちた。
これも運命である。

1年間、勉強した。
ある意味、試練であった。
その結果、楽勝で受かった。
これも運命である。

野球がやりたくて、準硬式野球部に入った。
体育会だったが、週2回の練習だった。
物足りなかった。
もっと、打ち込める物を求めた。
野球をやめて、自転車競技をすることにした。
自分に合っていた。
毎朝、5時からの練習も苦にならなかった。
(たまに苦だったが…)
しかし、良いタイミングで、2度骨折をした。
腕の骨折
鼻の骨折
あの骨折が無かったら、もっと強くなっていたと思う。
これも運命である。

就職活動、全然しなかった。
就職担当の教授の所に行って、企業を紹介してもらった。
実際、名の知れた会社であれば、どこでも良かった。
贅沢である。
面接は一回だった。
受かった。
実は、落ちていたみたいだ。
教授の所に連絡があり、教授が頭を下げてお願いしたみたいだ。
これも運命である。

会社に入り、我武者羅に働いた。
猛勉強した。
知識が付いた。
自信が出てきた。
しかし、営業に異動することになった。
これも運命である。

誰にも負けないように工夫した。
色々、考えて実行した。
自分でも、頑張ったと思う。
仕事が面白かった。
2度アメリカ旅行にも行けた。
これも運命である。

しかし、何か物足りなくなる。
このままで良いのか。
常に考えている事だ。
何事も改善が必要である。
将来に役に立つことを今しているか?
ボランティアで何か気づくかと思った。
応募したら、受かった。
アフリカに行く事になった。
これも運命である。

アフリカに行った。
ちょっと期待はずれだった。
でも、旅行だけでは、気づかないアフリカの一面を体験できた。
毎日が、充実しない日が続いた。
アフリカに居る意義が感じられなくなる。
二年間アフリカに居ることはできた。
ただ、それは自分の為にならないことは明白だった。
ボランティアは自己満足の世界だ。
結局、自分の為にしているのだ。
誰かに褒められる事でもない。
本来やるべき事でない事をして充実感を得るとしても自己満足だ。
自分を正当化して帰国しなくても良いと思った。
日本に帰ってきた。
これも運命である。

就職活動をした。
しかし、実際、自分が何をしたいのか答えは無かった。
ただ、働きたいと言う気持ちはあった。
時期が悪かったのか、就職難であった。
大企業のみ応募した。
全部落ちた。
これも運命である。

帰国して4ヶ月で、自分の向かうべき道のイメージが浮かんだ。
それに向かって突き進もうと思う。
これも運命である。


不動産の知識を得るために、国家資格である不動産鑑定士の資格取得目指して勉強した。
1年間、勉強したが神から見放される。
これも運命である。


仕事がしたくなり、不動産屋で働くことにした。
これも運命である。


父が病気で倒れて予定より早く実家に帰ることになった。
これも運命である。